宇多田ヒカルを語らせておくれよ

  • 2022年03月02日

イントロダクションと言う名の書き散らし

Distance

この言葉は、宇多田ヒカルの2枚目のアルバムのタイトルである。私が彼女を語るとき、大抵の場合、この言葉に行き着く。

kiss

この言葉は、宇多田ヒカルが歌詞の中に何度となく使う言葉だ。燃えるようなときもあれば、タバコのフレーバーがするときもある。

そして歌について

まずは、歌というものの定義について考えてみようと思う。これからする話は、本質的に捉えどころのない話であり、そう言った類の話をするにあたって、じゃあ何かその話の軸の代わりとなるものを決める必要があるからだ。 と言うわけで、歌と言うものを自分なりに解釈するのであれば、それは、願いや、祈りのようなものだと私は考えている。

実際にそう言った側面を担うように、宗教の世界では、聖歌あるいは讃美歌を皮切りに歌に念仏やコーランなど、神や超然としたものへの祈願や畏敬の念を、旋律と言葉で形作っている。
古来よりあらゆる人々の想いは音と言葉を通じて歌となり、この世界の至る所で生まれ消え、ときには姿や形を変え、人から人へ受け継がれ、今日も止むことなく放たれ流れ続けている。

さながら、河のようである。

ちなみにあえて、世の中にある辞書に書かれている定義は用いずに、歌をそのように捉えている旨を、ここには書き下す。
繰り返すが、本質的に捉えどころのない話をするわけで、つまるところそれは私に共感してもらわなければ意味のない話だからだ。 これから話すことは、自己と他者の共通認識の外殻を構築していく行為ではなく、自身の内にある混沌を、言葉と言葉のリズムで伝え合う行為であり、自分と他者が持つ感情や思い出のユニークな部分の親和性が重要だからだ。この観点で、話の軸の代わりとして歌を定義しようと思う。

そして、その歌を、歌う人がいる。

その人

その人の特徴を挙げるのであれば、女性であり、母であり、今の時代を生き、自分の内と外の境界を常に真摯に強烈に探り続け、そこに生じるあらゆる自己の精神的・肉体的反応、そしてそれをとりまく事象を、余すとこなく感受する人だ。

どこにでもいるような、人だ。

ただ唯一違いがあるとすれば、どこにでもいる。のだ。 これは並大抵の状態ではない。悲しみの渦中であれ、喜びの極地であれ、誰一人として到達しえぬ超然とした境地でさえ、そこにいる。 例え厭忌するような立場であっても、その人はそこにいる。全身で。その人の、全てのままで。

名前を、宇多田ヒカルと言う。

彼女の歌は、まるで鏡のように聴く人の姿を映し出し、心の気付かなかった部分まで露わにさせる。 その人の本当の姿を、歌を通してその人に知らせる。 寄り添うという言葉とはまた違う、最初からそこにあったものを自然体のまま輪郭を与えてくれる。あらゆるものをあるがままに。

己の姿を確かめるという行為は、デリケートで傷みを伴うものだ。自身が想像していた姿との差に嫌悪や絶望することもあるだろう。ただ、その行いの先に、誰かや何かとのつながりがある。そのつながりの、自分なりの意味や理由を知る。

私も何度となく、彼女の歌に自分の姿を見た。 この人の歌だけではないけれど、ただ、歌を通して自分の姿を見るという行為を、それが何をもたらすのかを、教えてくれたのはこの人だった。 私は、それを教えてくれた宇多田ヒカルが、好きである。

そんな宇多田ヒカルを語らせておくれよ。

引き剥がすことのできない、なぜ、自分が今ここにいて、そして、尚も誰かを愛するのかも含めて。

アジェンダ

宇多田ヒカルの魅力を4つに分解して語りたいと思います。

  1. 宇多田ヒカルの概略(何やっている人とかこれまでの経歴とか)
  2. 宇多田ヒカルと、歌
  3. 宇多田ヒカルと、私(あるいはあなた)
  4. 宇多田ヒカルのこれから

宇多田ヒカルの概略(何やっている人とかこれまでの経歴とか)

ウィキペディア見ろ。と言う話ではあるので、ウィキ見ながら話すパート。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%A4%9A%E7%94%B0%E3%83%92%E3%82%AB%E3%83%AB

どんなこと話すかはwiki見ながら。ライブ感重視で。10分くらい?

宇多田ヒカルと、歌

宇多田ヒカルと言えば歌(音楽)。 どうして彼女の歌は魅力的なのかを、メロディ、リズム、歌詞や使っている楽器など、構成される要素を分解していきながら語っていきたいパート。10分くらい?

宇多田ヒカルと、私(あるいはあなた)

ほぼここ本題。結論を先に述べておくと、大体の場合、音楽を始めとした創作物というのは自分を投影するためのツール的な側面があるのだけど、宇多田ヒカルの歌を聴く人のほとんどは、この人の歌で自己と彼女の境界面が曖昧になる瞬間が心地良いと感じている、はず。そのあたりをオブラートに包みつつ「自己と彼女の境界面が曖昧になる瞬間が心地良い」と言う状態がどんな状態なのかを紐解いていくパート。20分くらい?

宇多田ヒカルのこれから

これからの彼女はどんな歌(音楽)作っていくのか。どんな人となっていくのか。 お母さんとの死別や息子さんの出産(と育児)などを経て、どう変わっていったのか、どう変わっていくのか。を語るパート。10分くらい。

骨子はこんな感じで。

あとはリハを一度挟む。とか内容に矛盾がないかとか、方向性の微調整は話していきながら決めていく。

以上。